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「この人に運動指導して大丈夫?」トレーナーが知っておきたい医療と運動指導の境界線

運動指導におけるリスク管理を考えるうえで、「この人は今日、運動しても大丈夫だろうか?」という判断に迷う場面があります。

血圧がいつもより高い。
以前より息切れしている。
最近、体重が増えている。
運動中に不整脈が出た。
足首を捻って歩くことが難しい。

こうしたとき、運動指導者はどこまで自分で判断し、どこから医師などの専門職へ相談すればよいのでしょうか。

私は病院で心臓リハビリテーションに関わる一方、スポーツ現場やパーソナルトレーニングでも運動指導を行っています。

対象者も環境も異なりますが、共通して大切にしていることがあります。

それは、

「すべてを自分で判断しようとしないこと」

です。

一方で、何かあればすぐに「医師に聞いてください」で終わらせればよいとも考えていません。

運動指導者として確認できることは確認する。
評価できることは評価する。

そのうえで、

「ここから先は、自分だけで決めない」

という境界線を判断する。

この記事では、運動前の確認から運動中の異常、医療機関へつなぐ判断まで、ガイドラインや研究報告と私自身の現場経験をもとに整理します。


目次

「病気がある=運動してはいけない」ではない

まず重要なのは、既往歴があるという理由だけで運動を禁止するわけではないということです。

心疾患、糖尿病、腎疾患などを抱えながら運動している人は少なくありません。

ACSMの運動参加前スクリーニングでは、単純に疾患の有無だけではなく、

  • 現在の身体活動状況
  • 心血管・代謝・腎疾患の有無
  • それらを疑う徴候・症状の有無
  • これから行う運動の強度

などから、運動開始前に医学的な確認が必要かを判断する考え方が示されています[1]。

つまり、

「病気があるか?」だけではなく、「今どのような状態なのか?」を見ることが重要です。


運動を始める前に、その人の背景を知る

例えば、病院でのリハビリテーションを終了し、その後の運動を継続するためにジムへ来た人を想定してみます。

私なら、いきなり運動を始めることはしません。

まず、その人の背景を確認します。

既往歴・現病歴

最初に確認したいのは、

「これまでにどのような病気になり、現在どのような状態なのか」

ということです。

心筋梗塞なのか。
心不全なのか。
不整脈なのか。
糖尿病や慢性腎臓病があるのか。
手術を受けているのか。

病気や治療歴によって、運動中に注意すべきポイントは変わります。

これまで病院でどのようなリハビリテーションを行っていたのか、普段どの程度運動しているのかといった運動歴も確認します。


「今」の症状を確認する

病名だけでなく、現在の状態も重要です。

胸部症状はないか。
以前より息切れしていないか。
動悸はないか。
めまいや失神はないか。
浮腫はないか。
普段と比べて強い疲労感はないか。

つまり、

「いつもと違うことが起きていないか」

を確認します。

既往歴が同じでも、昨日まで安定していた人と、ここ数日で症状が悪化している人を同じように扱うことはできません。


服薬状況も確認する

薬についても確認します。

何を処方されているのかだけでなく、

「処方された通りに服用できているか」

も重要です。

治療開始直後はきちんと服薬していても、時間が経つと飲み忘れたり、自己判断で調整したりする場合もあります。

薬剤名から背景にある疾患を推測できることもありますが、

「この薬を飲んでいるから、この病気だろう」

と診断を決めつけることはしません。

そして、

「最近この薬を飲むと調子が悪いので、減らしてもいいですか?」

と相談されたとしても、私の判断で薬の減量や中止を指示することはありません。

ここは、処方した医師などへ相談すべき領域です。


糖尿病では食事や薬も運動と関係する

糖尿病のある人では、食事や服薬状況も重要です。

特にインスリンやインスリン分泌促進薬を使用している場合には、運動によって低血糖が生じる可能性があります。

ADA(アメリカ糖尿病協会)のStandards of Care in Diabetes 2026でも、こうした治療を受けている人では、運動内容、血糖、炭水化物摂取、薬剤などを個別に考える必要性が示されています[2]。

したがって、

「糖尿病だけど運動していいですか?」

という情報だけでは十分ではありません。

どのような治療を受けているのか。
食事は摂れているのか。
普段の運動に対して血糖がどう反応しているのか。

こうした背景まで確認することがリスク管理につながります。


血圧や検査値を「一つの数字」だけで判断しない

運動前には血圧も確認します。

高血圧のある人への具体的な運動指導については、「高血圧の人は運動しても大丈夫?運動前の血圧・運動強度・注意点を解説」でも詳しく整理しています。

また、健康診断や病院で行った検査結果を本人が持っていれば、それらが参考になることもあります。

例えば、

  • BNP・NT-proBNP
  • HbA1c
  • 腎機能
  • Hb
  • LDLコレステロール

などです。

ただし、

「BNPが○○だから運動禁止」

「Creが○○だから運動してよい」

というように、一つの検査値だけから運動可否を決めるものではありません。

私がむしろ重視しているのは、

「以前と比べてどう変化しているか」

です。

検査値そのものだけではなく、症状や身体所見、これまでの経過と組み合わせて考えます。


心不全では「いつもと違う変化」を拾う

これは心不全のある人では特に重要です。

例えば、

以前より体重が増えている。
下腿に浮腫がみられる。
以前より息切れする。
疲れやすくなっている。

こうした変化がみられれば、

「今日はいつも通り運動してよい状態なのか?」

を一度考える必要があります。

JCS/JACR 2021では、心不全患者に対する積極的運動療法について、直近3日間の息切れや易疲労感などの自覚症状の増悪を絶対的禁忌としています。また、前週の2kg以上の体重増加などは相対的禁忌として挙げられています[3]。

ESCの心不全ガイドラインでも、1週間で2kgを超える体重増加や末梢浮腫などが心不全の徴候として示されています[4]。

したがって、

「体重が○kg増えたから機械的に運動中止」

ではなく、体重、浮腫、息切れ、疲労感などの変化を組み合わせて考え、病態の増悪が疑われる場合には医学的な評価を優先します。


運動中の不整脈をどう考えるか

病院で運動療法を行っていると、不整脈が出現することがあります。

例えばPVC(心室性期外収縮)です。

PVCが1発出ただけで、すべての人の運動を中止するわけではありません。

重要なのは、

  • 基礎心疾患
  • 心機能
  • PVCの頻度
  • 単形性か多形性か
  • 連発しているか
  • 運動によって増加するか

などを含めて考えることです。

JCS/JACR 2021では、PVCのリスク層別化にこれらの要素を考慮し、3連発以上のPVCまたは多形性心室頻拍が出現した場合には運動中止を考慮するとされています[3]。

私自身も病院で運動療法中にこのような不整脈がみられた場合、自分だけで「そのまま運動を続けよう」と判断せず、医師へ確認します。

ただし、

「PVCが3連発したら、すべての人が同じように危険」

という意味ではありません。

基礎疾患、症状、血行動態、不整脈の性状などを含めた医学的な判断が必要です。


スポーツ現場でも「診断」と「医療につなぐこと」は違う

この境界線はスポーツ現場でも同じです。

例えば足関節捻挫。

足首を捻った選手が歩けない場合、

「捻挫だから様子を見よう」

と決めつけるわけにはいきません。

骨折を除外する必要があるかを考えます。

その際に参考になるのがOttawa Ankle Rulesです。

Ottawa Ankle Rulesでは、受傷直後と評価時の4歩の歩行能力だけではなく、外果・内果後縁または先端、舟状骨、第5中足骨基部などの圧痛を組み合わせて、X線検査の必要性を判断します[5]。このルールは、骨折を除外するための感度が高い臨床判断ルールとして検証されています。

つまり、

「歩けない=骨折」ではありません。

一方で、骨折を疑う所見があれば、トレーナーが「ただの捻挫」と決めつけず、必要な医学的評価につなげることが重要です。


急性の膝外傷で大きく腫れている場合

急性の膝外傷でも同様です。

転倒や捻転による外傷後に、関節液貯留、局所の圧痛、荷重困難などが認められる場合には、画像検査を含めた医学的評価が必要になることがあります。

ACRのAppropriateness Criteriaでは、急性膝外傷で局所圧痛、関節液貯留、荷重困難などがある場合、初期画像としてX線撮影が適切とされています。X線で骨折が認められず、半月板や靱帯などの損傷が疑われる場合にはMRIが次の評価として用いられます[6]。

ここでも、トレーナーの役割は、

「半月板損傷です」

と診断することではありません。

身体機能や症状を評価した結果、

「関節内損傷の可能性も考えられるため、一度医療機関で詳しく評価してもらった方がよい」

と判断してつなぐことです。


ハムストリング損傷では「構造」と「機能」の両方を見る

ハムストリング損傷では、必要に応じてMRIなどの画像検査が行われ、損傷部位や構造的な損傷の程度を把握するための情報になります。

しかし、

画像所見だけで競技復帰の時期を決めることはできません。

競技復帰を考えるためには、症状だけではなく、筋力、ランニングやスプリントへの耐性、競技で要求される能力など、機能的な回復も継続して評価する必要があります。

ハムストリング損傷に関する国際コンセンサスでも、リハビリテーションは選手、競技要求、損傷部位・種類・重症度に応じて個別化し、症状や能力に基づいて進行させ、競技復帰では試合で必要となる能力と競技要求を考慮することが重視されています[7]。

つまり、

「構造的にどうなっているか」と「実際に何ができるようになっているか」は、どちらも重要な情報です。

そのため、画像検査を含めた医学的評価が必要な場合には医療機関へつなぎ、その結果も踏まえながら、運動・リハビリテーションの現場では機能的な回復を評価して段階的に負荷を上げていきます。

医療機関へ紹介することは、そこで自分の役割が終わるということではありません。

医学的な評価と、運動・リハビリテーションの現場で得られる機能的な情報を共有しながら復帰を進める。

こうした連携も、安全に競技復帰を進めるために重要だと考えています。


脳振盪は「その場だけ」を見ればよいわけではない

脳振盪が疑われる場合も、現場での判断が重要です。

Amsterdam 2022 Consensusでは、脳振盪が疑われる選手を競技から外し、適切に評価・管理することが基本となっています[8]。

さらに重要なのは、

受傷直後だけではなく、その後の経過も確認すること

です。

症状が悪化したり、より重篤な頭部外傷を疑う徴候が出現したりした場合には、緊急の医学的評価が必要になります。

私がスポーツ現場で選手を帰宅させる場合にも、本人だけでなく、必要に応じて家族や周囲の人にも経過観察について伝えます。

ただし、

「頭痛があるからCTを撮る」

という単純なルールではありません。

脳振盪の診断そのものに通常のCTやMRIを用いるわけではなく、より重篤な頭蓋内損傷が疑われる場合に、医療機関で画像検査の必要性が判断されます。


「分かること」と「決めてよいこと」は違う

ここまでの話で、私が最も伝えたいのはこの部分です。

運動指導者として医学的な知識を持つことは重要です。

薬について勉強する。
血液検査について勉強する。
整形外科的評価を学ぶ。
不整脈について理解する。

こうした知識は、運動指導の質を高めます。

しかし、

「知識があること」と「自分が決定してよいこと」は別です。

例えば、

「最近この薬を飲むと調子が悪いので、減らしていいですか?」

と聞かれても、私は薬の減量を指示しません。

「この膝痛は半月板損傷ですか?」

と聞かれれば、身体機能や症状を評価することはできます。

しかし、

「半月板損傷です」

と診断することはしません。

「この検査値なら運動して大丈夫ですよね?」

と聞かれても、一つの数値だけで医学的な運動可否を決定することはしません。

必要であれば、医師などの専門職へつなぎます。

大切なのは、

すべてを自分で解決することではなく、「ここから先は自分だけで決めない」と判断できること

だと考えています。


だからといって「全部医師に聞く」でもない

一方で、

「心疾患があるので医師に聞いてください」

「膝が痛いので病院へ行ってください」

だけで終わらせればよいとも考えていません。

自分の範囲で確認できる情報は確認する。
評価できることは評価する。
運動負荷を調整できるのであれば調整する。

そして医学的判断が必要になったところで、適切な専門職につなぐ。

つまり、

何でも自分で判断する

でも、

何でも医師に丸投げする

でもありません。

自分の守備範囲では評価・判断し、境界を越えるところで適切な専門職につなぐ。

そして、その後も必要な情報を共有しながら運動やリハビリテーションを進めていく。

運動指導のリスク管理で確認したい5つのステップ

医療と運動指導の境界線は、

「ここから先は自分の仕事ではない」と切り離すための線ではなく、自分が判断できる範囲と、他の専門職に判断を求める範囲を理解し、必要な情報をつなぐための線

だと私は考えています。


医師へ相談するときは「判断材料」まで渡す

医師へ相談するときにも意識していることがあります。

単に、

「この患者さん、運動して大丈夫ですか?」

と聞くだけではありません。

例えば、

「○○の既往がある方です。これまでは○○程度の運動を実施していました。本日は運動前血圧が○○で、運動中に○○が出現しました。運動を中止し、○分後には○○まで改善しています。運動を継続してよいか確認をお願いします」

というように、

患者背景 → 現在の状態 → 起きたこと → その後の経過 → 判断してほしいこと

を整理して伝えます。

病院内であれば、患者IDや主科も事前に確認しておきます。

すべてを最初から伝える必要はありませんが、医師から確認されたときにすぐ答えられるように準備しておきます。

医師も多くの患者さんを診ています。

だからこそ、

「医師に相談する」ことも、単に判断を丸投げすることではありません。

判断に必要な情報を整理して、適切な専門職へつなぐ。

そこまでが自分の役割だと考えています。


まとめ|安全な運動指導に必要なのは「境界線」を知ること

安全な運動指導のために、すべての病気を診断できる必要はありません。

すべての薬を調整できる必要もありません。

重要なのは、

  1. 運動前に、その人の背景と現在の状態を確認する
  2. 運動中・運動後の「いつもと違う変化」を拾う
  3. 一つの数値だけで運動可否を決めない
  4. 自分が評価・判断できる範囲を理解する
  5. 自分の守備範囲を越える場合には、適切な専門職へつなぐ
  6. 相談するときには、相手が判断できる情報まで整理して渡す

ということです。

医学的知識を増やすことは重要です。

しかし、知識が増えれば増えるほど、

「自分に何が分かるか」だけでなく、「自分が何を決めてよいのか」

を考える必要があります。

安全な運動指導とは、

すべてを自分で判断できることではなく、「ここから先は自分だけで決めない」と判断できること。

私は、その境界線を理解することも、運動指導者に必要な専門性の一つだと考えています。

また、「知識を知っている」ことから「実際の現場で使える」状態に変えていくための考え方については、「知識はあるのに現場で活かせない」のはなぜ?トレーナーに必要な“知識を実践に変える力”でも整理しています。


参考文献

[1]Riebe D, Franklin BA, Thompson PD, et al. Updating ACSM’s Recommendations for Exercise Preparticipation Health Screening. Med Sci Sports Exerc. 2015;47(11):2473-2479. doi:10.1249/MSS.0000000000000664.

[2]American Diabetes Association Professional Practice Committee. Facilitating Positive Health Behaviors and Well-being to Improve Health Outcomes: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1). doi:10.2337/dc26-S005.

[3]Makita S, Yasu T, Akashi YJ, et al. JCS/JACR 2021 Guideline on Rehabilitation in Patients With Cardiovascular Disease. Circ J. 2023;87(1):155-235. doi:10.1253/circj.CJ-22-0234.

[4]McDonagh TA, Metra M, Adamo M, et al. 2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure. Eur J Heart Fail. 2022;24(1):4-131. doi:10.1002/ejhf.2333.

[5]Bachmann LM, Kolb E, Koller MT, Steurer J, ter Riet G. Accuracy of Ottawa ankle rules to exclude fractures of the ankle and mid-foot: systematic review. BMJ. 2003;326:417. doi:10.1136/bmj.326.7386.417.

[6]American College of Radiology. ACR Appropriateness Criteria® Acute Trauma to the Knee.

[7]Paton BM, Read P, van Dyk N, et al. London International Consensus and Delphi study on hamstring injuries part 3: rehabilitation, running and return to sport. Br J Sports Med. 2023;57(5):278-291. doi:10.1136/bjsports-2021-105384.

[8]Patricios JS, Schneider KJ, Dvorak J, et al. Consensus statement on concussion in sport: the 6th International Conference on Concussion in Sport—Amsterdam, October 2022. Br J Sports Med. 2023;57(11):695-711. doi:10.1136/bjsports-2023-106898.

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この記事を書いた人

安澤 佳樹|Yoshiki Anzawa
医療・スポーツ・教育の領域で、運動と身体機能に関する実践・研究に取り組んでいます。大学病院での心臓リハビリテーションや運動指導、スポーツ現場でのコンディショニングや外傷・障害予防、専門職の教育など、領域を横断して活動しています。研究テーマは、心血管疾患に対する運動療法・身体機能、心臓リハビリテーション、スポーツ外傷・障害など。AZ_ONEでは、「エビデンスを、現場で使える知識に変換する」をテーマに、研究と実践をつなぐ情報を発信しています。

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