「サルコペニアには筋トレが大切」
このような説明を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
確かに、サルコペニアでは筋力低下が重要な問題となるため、レジスタンス運動(筋肉に抵抗をかけて行う、いわゆる筋力トレーニング)は重要です。
しかし、
「サルコペニア=筋トレをすればいい」
と考えるのは少し単純です。
私たちが生活するためには、筋力だけでなく、歩き続けるための持久力やバランス能力、立ち上がる・移動するといった身体機能も必要です。
また、「筋トレをすれば筋肉量が増える」とも限りません。
この記事では、近年の研究をもとに、サルコペニアに対してどのように運動を考え、研究から得られたエビデンスを目の前の一人にどうつなげるのかを考えていきます。
サルコペニアの診断基準や、握力・筋肉量の評価については、「サルコペニアはどう評価する?握力・筋肉量とAWGS 2025の診断基準をわかりやすく解説」の記事でAWGS 2025に基づいて詳しく解説しています。
① サルコペニアに運動が重要なのはなぜ?
サルコペニアへの運動というと、「筋肉を増やすために筋トレをする」と考える方も多いかもしれません。
もちろん、筋肉量は重要です。
しかし、運動の目的を筋肉量を増やすことだけに限定する必要はありません。
近年の研究では、レジスタンス運動によって握力や下肢筋力、歩行能力などが改善することが報告されています。
一方、筋肉量への効果は、筋力や身体機能ほど一貫していません。
2026年に国内で発表された総説でも、2020年以降のシステマティックレビュー・メタアナリシスを整理した結果、レジスタンス運動は筋力・身体機能を比較的一貫して改善する一方、筋量の増加効果は小さいと整理されています。[2]
つまり、運動の効果を見るときには、
筋肉量はどう変わったか。
筋力はどう変わったか。
歩く、立ち上がるといった身体機能はどう変わったか。
複数の視点から考えることが重要です。
そのなかでも、筋力低下に対して重要になるのがレジスタンス運動です。
② なぜサルコペニアではレジスタンス運動が重要なのか

サルコペニアなら、とりあえず筋トレをすればいいんですか?



筋力低下に対して筋トレは重要です。ただ、“筋トレだけやればいい”とは考えない方がいいですね。
サルコペニアのある60歳以上を対象とした24件のランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)・951人をまとめたメタアナリシスでは、レジスタンス運動によって握力や膝伸展筋力が改善しました。
また、歩行速度や5回椅子立ち上がり、Timed Up and Go test(TUG:タイムドアップアンドゴーテスト)にも改善が認められています。
TUGは、椅子から立ち上がり、3m先で方向転換して再び座るまでの時間を測る身体機能評価です。[3]
RCTって何?
RCTとは、対象者を介入群と対照群などへ無作為に割り付け、介入による効果を比較する研究方法です。
無作為に割り付けることで、比較するグループ間の偏りをできるだけ小さくし、「その介入によって何が変わったのか」を検証します。
運動療法のような介入の効果を検証するうえで、重要な研究デザインの一つです。
ただし、ここでもう一つ知っておきたいことがあります。
それは、
「統計学的に改善した=臨床的にも十分大きく改善した」とは限らない
ということです。
研究では、その変化の大きさを解釈する考え方の一つとして、MID(minimal important difference:最小重要差)があります。
簡単にいえば、「その変化は、実際に意味があると考えられる大きさなのか」を判断するための目安です。
今回のメタアナリシスでは、握力、歩行速度、TUG、5回椅子立ち上がりなどに統計学的な改善が認められました。
一方、それらの改善量は、この研究で参照されたMIDの基準を上回りませんでした。
つまり、レジスタンス運動による改善は認められるものの、その変化の臨床的な大きさについては慎重に解釈する必要があります。[3]
それでも、筋力への効果が比較的一貫して確認されていることから、レジスタンス運動を運動プログラムの軸の一つとして考えることは重要です。
ただし、「軸」とはレジスタンス運動だけを行えばよいという意味ではありません。
「サルコペニア=筋トレ」ではなく、筋力低下に対してレジスタンス運動を軸の一つとしながら、その人に必要な身体能力を考える。
この捉え方が重要です。
③ 筋トレをすれば筋肉量は増えるのか?



筋トレしているのに、体組成計の筋肉量が増えていません。効果がないのでしょうか?



筋肉量だけで判断する必要はありません。筋力や身体機能がどう変わったかも一緒に見てみましょう。
先ほど紹介したメタアナリシスでは、筋力や複数の身体機能には改善が認められた一方、四肢骨格筋量指数(ASMI:Appendicular Skeletal Muscle Mass Index)と、四肢骨格筋量(ASM:Appendicular Skeletal Muscle Mass)には有意な改善が認められませんでした。[3]
ASMIは、腕と脚の骨格筋量を身長の二乗で補正した指標です。
一方、ほかの研究ではレジスタンス運動による筋量の増加も報告されています。
2026年の国内総説でも、筋量への効果は認められるものの、筋力・身体機能と比較すると小さいと整理されています。[2]
したがって、
「筋トレをしても筋肉量は増えない」でも、「筋トレをすれば必ず筋肉量が増える」でもありません。
筋肉量への効果は期待できるものの、筋力への効果ほど一貫していない、と捉えるのが適切です。
また、筋力は筋肉量だけで決まるものではなく、神経系の適応など複数の要因が関係します。
そのため、筋力と筋肉量が同じように変化するとは限りません。
だからこそ、
「体組成計の筋肉量が増えたか」だけで運動の効果を判断しない。
この視点が重要になります。
サルコペニアの筋肉量評価やASMIについて詳しく知りたい方はこちら
→ サルコペニアはどう評価する?握力・筋肉量とAWGS 2025の診断基準をわかりやすく解説
④ ウォーキングだけではダメ?有酸素運動にはどんな役割があるのか
「高齢者の運動」と聞くと、ウォーキングを思い浮かべる方もいるでしょう。
もちろん、ウォーキングなどの有酸素運動にも役割があります。
ただし、サルコペニアで問題となる筋力低下への介入を、ウォーキングだけで完結させる根拠も十分ではありません。
一方で、
「筋トレとウォーキングのどちらが優れているか」
という二択にする必要もありません。
そもそも、目的が異なるからです。
筋力への刺激にはレジスタンス運動が重要です。一方、日常生活では、歩き続ける、移動する、活動を継続するといった能力も必要になります。
2026年に発表された14件のRCT・786人を対象としたメタアナリシスでは、有酸素運動とレジスタンス運動を組み合わせた介入によって、握力、歩行速度、5回椅子立ち上がりなどの改善が認められました。
一方、6分間歩行距離やASMには明確な改善が認められず、研究間のばらつきもみられています。エビデンスの確実性も全体として低〜中等度であり、結果の解釈には注意が必要です。[4]
つまり、
「歩けばいい」でも、「歩いても意味がない」でもありません。
何を改善したいのかによって、必要な運動を考えることが大切です。
⑤ サルコペニアの運動はどう組み合わせる?マルチコンポーネント運動という考え方
日常生活では、筋力、持久力、バランス能力などを別々に使っているわけではありません。
立ち上がる。歩く。姿勢を保つ。方向を変える。
さまざまな身体能力を組み合わせながら動いています。
そこで考えたいのが、multicomponent exercise(マルチコンポーネント運動)です。
これは、レジスタンス運動、有酸素運動、バランス運動など、複数の運動要素を組み合わせる考え方です。
AWGS 2025でも、サルコペニアへの介入ではレジスタンス運動を含む複合的な介入が示されています。[1]
ただし、
「いろいろな運動を全部やればいい」
という意味ではありません。
ここからは、研究結果を実際の運動指導へどうつなげるかという視点が必要になります。
私が実際の運動指導で考えているのも、「サルコペニアだから何をするか」ではなく、「この人には何が必要なのか」ということです。
筋力低下が大きければ、レジスタンス運動を重視する。
全身持久力に課題があれば、有酸素運動を考える。
バランス能力に問題があれば、その要素も取り入れる。
大切なのは、運動の種類から考えるのではなく、「この人の何を改善したいのか」から運動を組み立てることです。


⑥ 強度・回数・頻度をどう考える?
では、「どのくらいの重さで、何回、週何回行えばよいのか」。
ここからが実際の運動処方です。
研究では、中等度程度の強度を中心として、週2〜3回程度、1種目8〜15回程度を2〜3セット行うようなレジスタンス運動が多く用いられています。
運動強度には、1RM(one-repetition maximum:正しいフォームで1回だけ挙げられる最大重量)を基準として示す方法があります。
以下は特定の人に対する「処方基準」ではなく、複数の研究で用いられている設定を踏まえたおおよその目安です。[2,3]
| 項目 | 複数の研究からみたおおよその目安 |
|---|---|
| 強度 | 中等度を中心に、およそ40〜80%1RM |
| 回数 | 8〜15回程度 |
| セット数 | 2〜3セット程度 |
| 頻度 | 週2〜3回程度 |
| 期間 | 8〜12週間以上の介入が多い |
ここで注意したいのは、最適な運動処方が確立されているわけではないことです。
2025年のメタアナリシスでも、レジスタンス運動の最適な処方についてはエビデンスが限定的で、用量反応関係についても慎重な解釈が必要です。[3]
したがって、
「サルコペニアなら60%1RM、10回×3セット、週3回」
という固定された正解があるわけではありません。
研究で用いられた設定と、目の前の人が適切に開始できる設定は同じとは限りません。
では、その違いをどう埋めるのか。
ここで必要になるのが評価です。
⑦ 「何kg・何回」より先に評価する
研究から、「この程度の運動で効果が期待できそうだ」という目安は得られます。
しかし、それは集団から得られたエビデンスです。
実際の運動指導では、そこから目の前の一人に落とし込む必要があります。
私が実際の運動指導で大切にしているのも、評価の数字をそのまま運動処方の数字に置き換えないことです。
例えば、握力が低いことは筋力低下を捉える重要な情報です。
しかし、
「握力が○kgだから、スクワットは○kg」
という単純な対応関係があるわけではありません。
筋力はどの程度低下しているのか。
立ち上がりや歩行、バランスはどうか。
これまでどの程度運動してきたのか。
注意すべき症状や併存疾患はないか。
そして、本人は生活の中で何に困り、何ができるようになりたいのか。
同じ「サルコペニア」という診断でも、これらが違えば必要な運動も変わります。
また、サルコペニアを診断するための評価と、運動プログラムを組み立てるための評価は同じではありません。
評価の数値は、運動処方を自動的に決めるものではなく、運動処方を考えるための情報です。
エビデンスから目安を知る。
評価によって目の前の人を知る。
その2つをつなげて運動を組み立てる。
この順番を大切にしています。
⑧ 運動は「処方して終わり」ではない―再評価して調整する
運動プログラムを作成したら、それで終わりではありません。
事前に評価しても、その人が運動にどう反応するのかをすべて予測することはできないからです。
そこで重要になるのが再評価(reassessment)です。
例えば、運動開始前に握力、椅子立ち上がり、歩行などを評価したのであれば、一定期間後にも必要な項目を確認します。
このとき注意したいのが、筋肉量だけで運動の効果を判断しないことです。
前述したように、サルコペニアに対するレジスタンス運動では、筋力や身体機能が改善しても、筋肉量には大きな変化がみられない場合があります。
そのため、体組成計で筋肉量がほとんど増えていなかったとしても、それだけで、
「運動の効果がなかった」
と判断することはできません。
筋力はどう変わったのか。
立ち上がりや歩行はどう変わったのか。
本人が生活の中で困っていたことはどう変わったのか。
実際の運動指導でも、私はこうした変化を複数の視点から確認することを大切にしています。
そして、再評価は単なる「効果判定」ではありません。
次の運動を決めるための評価でもあります。
現在の負荷に余裕が出てきたのであれば、負荷や回数、種目を調整する。
必要であれば、別の身体機能への刺激を追加する。
反対に、痛みや過度な疲労が生じていれば、負荷を下げたり内容を変更したりする。
つまり、
評価 → 運動 → 再評価 → 調整
を繰り返します。
評価は「測って終わり」ではなく、次の意思決定につなげるために行うものだと考えています。


⑨ 運動だけでいい?栄養も含めて考える
最後に、運動だけですべてを解決しようとしないことも大切です。
もう一つ考えたいのが栄養です。
2025年に発表された35件のRCT・2,331人を統合したネットワークメタアナリシスでは、運動と栄養介入を組み合わせることで、握力、歩行速度、ASMIなどに改善が認められました。
握力とASMIについては、運動単独より大きな改善も示されています。
ただし、この研究では、全体としてエビデンスの確実性は「低い」または「非常に低い」と評価されています。[5]
したがって、
「筋トレをしてプロテインを飲めばいい」
という単純な話ではありません。
まず、その人が十分なエネルギーやタンパク質を摂取できているのかを考える。
必要に応じて栄養状態を評価し、医師や管理栄養士などの専門職と連携する。
運動によって身体に刺激を与える。
その適応を支える栄養状態も考える。
運動処方を軸にしながら、運動だけですべてを解決しようとしない。
これもサルコペニアへの介入を考えるうえで大切な視点です。
まとめ|「サルコペニアだから筋トレ」で終わらせない
サルコペニアでは筋力低下が重要な問題となるため、レジスタンス運動は運動プログラムの軸の一つになります。
しかし、この記事で伝えたかったのは「筋トレをしましょう」ということだけではありません。
筋肉量だけでなく、筋力や身体機能を見る。
必要に応じて、有酸素運動やバランス運動などを組み合わせる。
研究から強度・回数・頻度のおおよその目安を知る。
その数字をそのまま当てはめるのではなく、目の前の人を評価して運動を組み立てる。
そして再評価し、その人の変化に応じてプログラムを調整する。
さらに、運動への適応を支える栄養状態についても考える。
この一連の流れを整理すると、
Evidence → Assessment → Exercise → Reassessment → Adjustment
となります。
エビデンスは、全員に同じ運動を行うための答えではありません。
研究から得られた知見を、目の前の一人にどう適用するかを考えるための材料です。
「何kgで、何回やればいいのか」を考える前に、
この人には何が必要なのか。
そして運動を始めた後には、
この人はどう変わったのか。
そこまで考えることが、エビデンスを実際の運動指導につなげることだと私は考えています。
参考文献
[2] 大須賀洋祐. サルコペニアに対する運動療法. 日本サルコペニア・フレイル学会誌. 2026;10(1):23–29. doi:10.69303/jjasf.10.1_23.







