心不全とサルコペニアには、どのような関係があるのでしょうか。
心不全というと、「心臓の機能が低下する病気」というイメージを持つ方が多いかもしれません。
しかし、心不全患者さんの運動療法や心臓リハビリテーションを考えるとき、心臓の状態だけを見ていればよいわけではありません。
筋力や筋肉量、歩行能力など、骨格筋や身体機能の状態にも目を向ける必要があります。
心不全患者では、身体活動量の低下や低栄養など、骨格筋に影響するさまざまな問題が重なることがあります。[1]
では、なぜ心臓の病気で筋力や筋肉量まで低下するのでしょうか。
そして、体組成計で「筋肉量」を測定すれば、その人の骨格筋の状態を十分に評価できるのでしょうか。
この記事では、心不全とサルコペニアの関係を整理したうえで、心不全患者を評価するときに、なぜ筋肉量だけではなく筋力や身体機能まで見る必要があるのかを、現在のガイドラインや先行研究をもとに解説します。
心不全とサルコペニアにはどんな関係がある?
サルコペニアは「筋肉量が少ない」だけではない
サルコペニアという言葉を聞くと、「加齢によって筋肉が減った状態」をイメージするかもしれません。
しかし、サルコペニアを単純に「筋肉量が少ない状態」と捉えるのは十分ではありません。
現在のアジアの診断基準であるAWGS 2025では、サルコペニアの診断は低筋力と低筋肉量の両方を満たすことを基本とし、身体機能は診断要件ではなく、その後の経過を捉える指標として位置づけられています。[2]
また、心不全などの慢性疾患は、サルコペニアの可能性がある人を見つけるcase finding(ケースファインディング:サルコペニアの可能性がある人を見つけ出すこと)のきっかけになります。
つまり、体組成計で筋肉量だけを測定して、
「筋肉量が多いから問題ない」
「筋肉量が少ないから身体機能も低い」
と判断できるわけではありません。
サルコペニアの診断基準について詳しく知りたい方は、「サルコペニアはどう評価する?握力・筋肉量とAWGS 2025の診断基準をわかりやすく解説」で詳しく解説しています。
心不全患者では、なぜサルコペニアが問題になるのか
心不全患者では、サルコペニアだけでなく、フレイルや低栄養、カヘキシアなどが重なって存在することがあります。[1]
心不全では息切れや疲労感などによって身体活動量が低下しやすくなります。活動量が低下すれば、骨格筋を使う機会も少なくなります。
しかし、「動かなくなったから筋肉が落ちた」というだけで、心不全患者の骨格筋の問題を説明することはできません。
身体活動量や栄養状態、病状など複数の要因を考える必要があります。
そのため心不全患者をみるときには、
「心臓の状態はどうか」だけではなく、「この人の筋力や身体機能はどうなっているのか」
という視点も必要になります。
では、そもそもなぜ心不全になると筋力が低下するのでしょうか。
なぜ心不全になると筋力が低下するのか?
心不全患者の筋力低下を考えるとき、まず思い浮かびやすいのが、
「心不全になって動かなくなったから、筋肉が落ちた」
という説明です。
もちろん、身体活動量の低下は重要な要因の一つです。
しかし、心不全患者の筋力低下は、単純な筋肉量の減少だけでは説明できません。
息切れや疲労によって身体活動量が低下する
心不全では、息切れや易疲労感、運動耐容能の低下などによって、それまでと同じように身体を動かすことが難しくなる場合があります。
「歩くと息が切れる」
「階段がつらい」
「疲れるので外出する機会が減った」
こうした状態が続けば、日常生活のなかで骨格筋を使う機会も減っていきます。
さらに心不全が増悪して入院すると、病状そのものに加えて、安静や活動範囲の変化などによって身体機能が低下することもあります。
ここで注意したいのは、
「入院時に筋力が低い=その患者さんがもともと持っていた能力も低い」
とは限らないことです。
心不全の増悪や入院、活動量の低下などによって、一時的に本来の身体機能を十分に発揮できていない可能性もあります。
そのため、一時点の数値だけではなく、「いつ、どのような状態で測定したのか」という時間軸も重要になります。
低栄養など、複数の要因を考える
心不全患者の筋力低下を、活動量の低下だけで説明することもできません。
心不全では低栄養、サルコペニア、フレイル、カヘキシアなどが併存することがあり、患者さんの身体機能を考えるときには複数の要因を見る必要があります。[1,3]
ここで個々の分子機序をすべて覚える必要はありません。
まずは、
「筋肉がどれだけあるか」と「その筋肉がどれだけ機能できるか」は同じではない
と捉えることが重要です。
筋肉量が変わらなくても、筋力や身体機能は変わる
筋力は筋肉量の影響を受けますが、それだけで決まるものではありません。
そのため、
「筋肉量が少ない=必ず筋力も低い」
「筋肉量が増えていない=身体機能も改善していない」
とは限りません。
これは心不全患者のリハビリテーション経過を考えるうえでも重要です。
筋肉量がどれだけ変わったかだけではなく、
「どれだけ力を発揮できるようになったか」
「実際にどれだけ動けるようになったか」
まで見る必要があります。
心不全患者では「筋肉量だけ」を見ればよいわけではない
ここまで読むと、若手の臨床家やトレーナーであれば、一つ疑問が出てくるかもしれません。
若手臨床家では、体組成計で筋肉量を測っているだけでは不十分なのでしょうか?
筋肉量が変わっていなければ、リハビリの効果も出ていないということですか?



私は、そう単純には考えていません。心臓リハビリの現場では、BIAで測定した筋肉量が大きく変わっていなくても、退院後の経過とともに握力や歩行能力が改善していく患者さんを経験します。だからこそ、筋肉量だけではなく、「どれだけ力を発揮できるのか」「実際にどれだけ動けるのか」まで見ることが大切だと考えています。
心不全ではBIAの筋肉量をどう考えるか
ここでもう一つ、心不全患者では特に注意したい点があります。
それが体液量の変化です。
BIA(bioelectrical impedance analysis:生体電気インピーダンス法)は、身体に微弱な電流を流し、その電気抵抗などから筋肉量や体脂肪量といった身体組成を推定する方法です。
比較的簡便に筋肉量を評価できますが、測定結果は身体の水分状態の影響を受けます。
これは、心不全患者を評価するときに重要なポイントです。
心不全の増悪時には体液貯留が生じることがあり、治療によって利尿が進めば、体重や体水分量も変化します。
そのため、BIAで算出された筋肉量の変化を、そのまま実際の骨格筋組織の増減として解釈することには注意が必要です。
心不全患者のサルコペニア・カヘキシアを扱ったレビューでも、BIAやDXAによる筋肉量評価は体内水分量の影響を受けやすく、特に心不全増悪時には評価の信頼性が低下することが指摘されています。[3]
なお、DXA(dual-energy X-ray absorptiometry:二重エネルギーX線吸収測定法)は、X線を利用して骨量や身体組成を評価する方法です。
重要なのは、
「心不全患者にはBIAを使ってはいけない」ということではありません。
測定値を単独で判断しないことです。
たとえば「前回より筋肉量が減った」という結果が出たときに、
「筋萎縮が進んだ」
とすぐに結論づけるのではなく、
「前回と今回で体液状態は同じだったか」
「心不全の状態は安定していたか」
「体重はどう変化しているか」
「筋力や歩行能力はどう変化しているか」
と、その数値の背景を確認する必要があります。
測定すること(Assessment)と、その数値の意味を考えること(Interpretation)は同じではありません。
数値を測ることがゴールなのではなく、その数値がなぜそうなっているのかを考えて初めて、次の介入につなげることができます。


「いつ測ったのか」も評価の一部になる
さらに心不全患者を長期的にみる場合には、測定したタイミングも重要です。
心不全が増悪して入院した直後と、治療によって症状や体液状態が改善した時期、さらに退院して日常生活へ戻った時期では、同じ患者さんでも身体の状態は異なります。
その過程では、症状、体重、体液量、身体活動量、筋力、身体機能なども変化します。
だからこそ、
「この数値は正常か、異常か」だけではなく、「この患者さんは今どのような状態にいて、これまでどのように変化してきたのか」
という視点が必要になります。
一回の測定結果だけで判断するのではなく、病状や治療経過と合わせて再評価することが重要です。
心不全患者では何を見ればよい?
では、実際の心臓リハビリテーションでは何を見ればよいのでしょうか。
すべての評価を一度に行う必要があるわけではありません。
患者さんの病状や評価の目的に応じて、筋肉量・筋力・身体機能を組み合わせて評価することが重要です。
握力:筋力を簡便に評価する
握力は、握力計を使って測定できる比較的簡便な筋力評価です。
「手の力を測るだけでいいの?」と思うかもしれませんが、握力はサルコペニアの評価でも重要な位置づけにあります。
AWGS 2025でも、サルコペニア診断における低筋力の評価に握力が用いられます。[2]
ここでは具体的な測定方法やカットオフ値(ある状態に該当するかどうかを判断する基準となる値)までは踏み込みません。
まずは、筋肉量とは別に、
「実際にどれだけ力を発揮できるのか」
を見る必要があると理解しておきましょう。
下肢筋力:立つ・歩くための力を見る
心不全患者の日常生活を考えると、下肢筋力も重要です。
椅子から立ち上がる、歩く、階段を上るといった動作には下肢の筋力が必要になります。
心臓リハビリテーションでは、膝を伸ばす力を測定する膝伸展筋力などを用いて下肢筋力を評価することがあります。
ここでも、
「脚の筋肉がどれくらいあるか」と「その筋肉を使ってどれだけ力を発揮できるか」は同じではない
という点が重要です。
歩行速度やSPPB:実際にどれだけ動けるかを見る
筋肉量や筋力を測定しても、それだけで日常生活における動作能力のすべてが分かるわけではありません。
そこで身体機能の評価が重要になります。
代表的なものの一つが歩行速度です。
また、SPPB(Short Physical Performance Battery:立位バランス、歩行、椅子からの立ち上がりを組み合わせて下肢の身体機能を評価するテスト)も用いられます。
ここで細かな採点方法まで覚える必要はありません。
大切なのは、
筋肉量=どれくらい筋肉があるか
筋力=どれくらい力を発揮できるか
身体機能=実際にどれくらい動けるか
と、それぞれが少し違う情報を見ていることです。
一つの数値ではなく、組み合わせて考える
もちろん、実際の患者さんをこの3つだけで説明できるわけではありません。
心不全の症状、病状、栄養状態、身体活動量、併存疾患なども身体機能に影響します。
だからこそ、一つの測定値だけを見て、
「筋肉量が少ないから動けない」
「握力が保たれているから問題ない」
と単純に判断するのではなく、複数の評価結果と患者さんの状態を組み合わせて解釈することが重要です。
これは、たくさんの検査をすればよいという意味でもありません。
「何を知りたいのか」に応じて必要な評価を選び、その結果を患者さんの病状や経過と合わせて考える。
そこまで行って初めて、評価結果を運動療法や日常生活への支援につなげることができます。
握力や下肢筋力、身体機能を実際にどのように測定し、その結果をどう解釈するのかについては、次の記事で詳しく解説します。
【#018公開後に内部リンク:
「心臓リハビリで筋力はどう評価する?握力・下肢筋力・身体機能の見方」】
心不全とサルコペニアをどう捉えるか
ここまで見てきたように、心不全患者のサルコペニアを考えるときには、筋肉量だけを見るのでは十分ではありません。
筋肉量に加えて、筋力や身体機能、栄養状態、身体活動量などを確認し、それらを心不全の状態と合わせて解釈する必要があります。
そして、もう一つ忘れてはいけないのが、「いつ評価したのか」という時間軸です。
一時点の数値だけで患者さんを判断しない
心不全患者の状態は、常に一定ではありません。
増悪して入院した直後と、治療によって症状や体液状態が改善した時期、退院して日常生活へ戻った時期では、同じ患者さんでも状態は変わります。
そのため、
「この数値は正常か、異常か」だけではなく、「今どのような状態にいて、これまでどのように変化してきたのか」
という視点が必要です。
評価結果を「測って終わり」にしない
握力を測る。
筋肉量を測る。
歩行能力を測る。
これらはすべて重要な評価ですが、目的は数値を集めることではありません。
たとえば筋肉量が低かったとしても、
「体液状態の影響はないか」
「筋力はどうか」
「実際の歩行能力はどうか」
「栄養状態や身体活動量はどうか」
と考えることで、その数値が持つ意味が見えてきます。
そして、その解釈によって必要な介入も変わります。
つまり、
Assessment(評価) → Interpretation(解釈) → Decision(判断・介入) → Reassessment(再評価)
という流れで考えることが重要です。
一度評価して終わるのではなく、介入後にもう一度評価し、その変化を確認しながら次の判断につなげていきます。
心不全のように病状や身体機能が変化しながら経過する疾患では、この「再評価」という視点が特に重要になります。
まとめ
心不全とサルコペニアの関係を考えるうえで重要なのは、心不全を「心臓だけ」の問題として捉えないことです。
身体活動量の低下や低栄養など、さまざまな要因が重なり、骨格筋にも影響します。
一方で、サルコペニア=筋肉量が少ない状態、と単純に考えることもできません。
筋肉量と筋力、そして実際の身体機能は、それぞれ関連しながらも同じものではありません。
さらに心不全患者では体液状態が変化するため、BIAなどで測定した筋肉量についても、その数値だけを切り取って解釈することには注意が必要です。
だからこそ心不全患者を評価するときには、
筋肉量を見る。筋力を見る。身体機能を見る。そして、その患者さんが今どのような状態にいるのかを見る。
複数の情報を組み合わせ、時間の経過とともに変化を追っていくことが大切です。
心不全患者の骨格筋を評価する目的は、「サルコペニアかどうか」を判定することだけではありません。
その患者さんが今どのような能力を持っていて、何が低下していて、これから何を改善していく必要があるのかを考えること。
そのための手段として、筋肉量、筋力、身体機能の評価があります。
心不全患者に対する運動療法については、「心不全の運動療法とは?どんな運動をどのくらい行う?運動の目安と注意点を解説」でも詳しく解説しています。
参考文献
[1] 日本循環器学会/日本心不全学会.2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.
[3] 小西正紹.心不全患者のサルコペニア・カヘキシアの評価・診断基準と臨床応用.日本サルコペニア・フレイル学会誌.2025;9(1):10–16. doi:10.69303/jjasf.9.1_10.




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